5時から作家塾

第7章  書店員の哀しき習性


3.テロも戦争も仕事のネタ

 書店は、本を通じて「世の中のすべて」と繋がっております。つまり"○○に関する本"という具合に世の中のデキゴトすべてが仕事に応用できるワケです。○○にあたるモノは逆に無いモノを探すほうが難しいんではなかろうかと思われます。これは、すべてのことにおいて、ついつい仕事を通じて、つまり書店員的思考で世の中の事象を見てしまいがちだ、と言い換えることもできるワケでございます。事件・デキゴトが起こった際、書店員はそれらを"書店員"というフィルターを透して見るのでございます。そしてそのフィルターを透した結果導き出される答えは、ほぼ例外なく
〈○○コーナーを作らねば! ○○出版に電話して○△と□※という本を注文せねば!〉
 という形で現れます。そうして書店店頭における○○コーナーというヤツが構築されていくのでございます。それは、著名人がお亡くなりになられた際にも「追悼コーナー」と称して展開されます。人の死をネタに商売するとはなんて因果な、と自分自身では思いつつも、これが社会においての書店員の役目だ、などという大義名分をむりやり拵え、今日もせっせとコーナー展開に励むのです。しかし、いかりや長介氏がお亡くなりになられた時などは、彼の著書『だめだこりゃ』(新潮文庫)のあまりの入荷しなさ加減にまさしく
「だめだこりゃ」
 と、落胆したのでございます。そして頭の中では真正面過ぎて気恥ずかしくなるくらいにあのテーマ、「デレデレデレ〜♪」というやつが流れてオチがついたのでございます。まさしくいかりやマジック。

 こんな他人の不幸をネタにするような書店員の性を身をもって実感するデキゴトが起こりました。いわゆる「9・11同時多発テロ」でございます。
 朝、出勤前にいつものように何気なく点けたテレビ画面に映っていたモノ……。それは、「世界貿易センターに突っ込む飛行機」のシーンの繰り返しでございました。そのあまりにも衝撃的で、ありえない映像を前に呆然としつつも無意識に作動をはじめる書店員体質。
 世界貿易センターに吸い込まれるように突っ込むアメリカン航空・ユナイテッド航空の旅客機を眺めながらも心は冷静に、
「出勤したらすぐに"なあぷる"(出版社名です)に電話して『わかりすぎ 世界紛争』を注文しなくちゃ。あと、トム・クランシーの『合衆国崩壊』も手配だな。飛行機だからハイジャック関連も何か調べないと、ああ、そういえば町田康の『実録 外道の条件』のなかにエンパイアーステートビルがイスラム原理主義のテロ行為によって崩壊する描写があったなあ。あれは蕎麦が宙に舞うって感じだったけど」。
 などといった「その日のやるべきリスト」が瞬時に心中にて作り上げられたのでありました。

 しばらくは紛争地図やらテロ関連書やらアメリカ関連やらで、各書店員思い思いにバラバラに動いておりましたが、ある時、ある本を境に全国の書店がピタリと足並みが揃いまして。
 その本とは『タリバン』、アハメド・ラシッド著、坂井定雄・伊藤力司訳、講談社発行、がキッカケ。とくダネだか何だったか(忘れた)でタリバンが取り上げられまして、もう全国の書店員のハートを鷲掴み。『タリバン』出勤中もずううっと脳内をループしまくっておりました。

 出社したら即注文せねばと、講○社にTEL開始。
「ハイ、講○社です」
 口調は丁寧ながら受話器の向こうから漂ってくるその空気は明らかに殺伐としております。尖りまくっております。きっと全国津々浦々海千山千八百万の書店員たちがみな一様に〈『タリバン注文』せねば!〉」と、動いたのでございましょう。版元さん側も朝からの「『タリバン』注文お願いしまぁす」連打に辟易しているということは明白。そりゃあ朝からリンリンリンリンとなる電話、取っても取っても
『タリバン・タリバン・タリバンっ』
 ではウンザリもするでございましょうよ。ましてや注文殺到を見越して大量増刷なんぞしていようハズもなく、「青天の霹靂」といった突然の書店からの注文ラッシュには、ありがたいなんて感情なんか目白駅での埼京線のごとくに通り過ぎてしまっているでありましょう。
「ただいま品切れで○○重版出来分からになります」
 という定型文の無限ループ。心の中では、
「ああ、またか。朝のニュースを見て慌てて発注しているな」
 なんて見透かされているかも知れないなぁ、と思えば思うほど、小心者の私は『タリバン』とは切り出しづらくなり、ええい! いっそのこと
「タ……いや、あの、その……。清水義範の『蕎麦ときしめん』を客注分で1冊お願いします」。
 などと、大河の流れに逆行するようなコトを言ってみて、版元さんの「心のオアシス」にでもなってやろうかしらん? と思いつつも、やはり『タリバン』がどうしても必要な私は、まさに断腸の思いで
「す、すいません『タリバン』の注文なんですけど……」
 と、『タリバン』でゴメンナサイというニュアンスで、なぜここまでへりくだる必要があるのかっつうくらいに平身低頭にて注文したのでございます。つうかなんで私はこんなに版元様の心中探りまくっておるのだか。
 ああきっと版元様ウンザリ辟易しているだろうなあ、という気持ちとはまた別に、全国の書店右へならえ状態でこの時期このタイミングで『タリバン』を注文しなければならないコトに対して、照れ・一抹の気恥ずかしさがあったのも事実でございます。まさに今日『タリバン』を注文するという行為は、書店員としてあまりにも直球ど真ん中・ひねりかけらもなし・狙った地点にみごとに着地、という感じがしすぎて、果たしてこれで良いものか、もしかしたら版元さんも
「どうせ『タリバン』でしょ。ほらね! ヤッパリ」。
 なんて思ってるんだろうなぁきっと、などと葛藤・葛藤・そして葛藤しておりました。
 結果、葛藤のしすぎと、TELがつながらない「チケット○あ状態」が災いし、版元手持ち分の虎の子『タリバン』は品切れ、"今まさにこの瞬間、ジャスト・イン・タイム"で『タリバン』を確保する作戦は失敗。
 その後はまあ、イスラム原理主義関連の書籍が雨後の筍のごとくニョキニョキと発行されまして、商品を並べるだけで自然にコーナーはできあがっていったのでございます。そしてその流れは脈々とつながり、いつのまにかイラク戦争のコーナーへと。

 というワケで、書店員は世のデキゴトをネタに、不謹慎と情報提供という社会的役割との間でゆれ動きながら棚を作っているのでございます。

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