5時から作家塾

第7章  書店員の哀しき習性


2.火曜日がコワイ……

  ハッキリ申し上げますと、書店員は火曜日がキライでございます(私の住む北海道の場合は木曜日)。その割合たるや全体の96%にものぼります(統計ナシ)。まさに「魔の火曜日・ブルーチューズディ」というほかありません。
 その原因とは「分冊百科」、つまりここのところ書店店頭にてジワリジワリとその勢力を広げつつある「週刊世界の○○」の類でございます。昔々かれこれ10数年前にも「マーダーケースブック」だの「週刊グレートアーティスト」だのの類はございましたが、今のような百花繚乱状態とまではいかず、牧歌的ですらありました。もちろん我々も
「ああ、今度はこーゆーものが出たのだね」
 と、生ぬるく見守っておりました。
 おりましたが……。それに引きかえ昨今の「分冊百科創刊ラッシュ」と来ましたら、もうとち狂っているとしか思えません。コトの始まりはおそらく「週刊トレジャーストーン」あたりから始まっているような気がします(違うかもしれないけど)。

 この分冊百科なるモノ、大きくは2種類に分別されます。
 一つは「週刊日本の歴史」に代表される、その分野の知識を学ぶコトを主な目的とするもの。これはごくごく薄っぺらい本誌のみによって構成されております。根気強く買い続けるためのモチベーションの源は、おそらくご立派ないかついバインダーによるところが大きいと思われます。一冊あたり500円程度と非常にリーズナブル。と、思わせておいてこれが延々百ウン十号と続いた日にゃぁ、百科事典が買えるではございませんか。実際、先日も店頭で
「"週刊そーなんだ"定期購読してるけど全然終わんないのよ! 気が付いたら百科事典くらい買える金額つぎ込んでるじゃないのっ! オマケに前編だの後編だのと続くから止めるに止められないじゃないのさ!」
 と、かっぱえびせんのCMのようなキレ方をなさったご婦人がおりました。いや、言ってるコトは解りますが、キレる相手は私ではなく……。

 二つ目は「週刊トレジャーストーン」や「デルプラドカーコレクション」に代表される、読むというよりもその付録を「収集」するコトが主たる目的のモノ。
 そして最後に三つ目が「セーリングシップ」や「マイドールズハウス」に代表される毎週コツコツシコシコとパーツを集めていって、最終的にひとつの完成形を作り上げるというモノ。ラジコンとか絵の具セットとか最初っからセットの市販品買えば早いものを、と思いつつもそうならないのがこの手の奥深きミステリアスな部分。気が付けばまたしても二つのハズが三つになっておりますが。

 まあ、分冊百科の大分類が何種類だろうと、私は一向に構いやしません。結構ですとも。だが、しかしコレだけは言わせていただきたい。
「発売を火曜日に集中させるのはやめろ!」
 声を大にして言いたい、分散させろと。1日24時間のうち、雑誌出し及び定期購読仕分けに割ける時間というものはごく限られた時間しかないワケですよ。そこへこの分冊百科地獄。12倍速で働いてやっとこさ片付くという体たらくでございます。
 恐怖は新たな分冊百科創刊の時点から始まります。どういうワケか、世の中には分冊百科を見せられると、自分自身でもどのくらいのモノなのか怪しげな好奇心というものをくすぐられるお方が多いらしく、レジへとやってきては
「今度創刊した週刊○○ってやつ定期購読するわ。いや〜またお金掛かるなぁ〜まいったなぁ〜」
 などと嬉しそうにのたまわれるお方が続出。「週刊そーなんだ」の創刊時などは、新規購読受付台帳が
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
「週刊そーなんだ」定期購読
 で埋め尽くされるという世にも恐ろしい事態へと発展いたしました。
 猫の手も借りたいほどに忙しい書店のカウンター。バイト君に
「週刊そーなんだの定期購読申し込みまた1件増えましたぁ」
 との報告を受け、思わず
「そーなんだ」
 と返してしまう私。凍りつくカウンター内。というワケでオヤジギャグ認定。

 そんな感じで(どんな感じだ)日々肥大する分冊百科の定期購読。仕分けの作業も大変でございますが、それより何よりその後の管理が泣けてまいります。ちょっと気を抜くとあれよあれよと言う間に注文棚が分冊百科に占領されてしまいます。棚一段がまるごと
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
「週刊セーリングシップ」
 そして
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
「週刊リアルロボット」
 で埋め尽くされるというこれまた世にも恐ろしい事態へと発展いたします。
 しかも、こうなるころにはもう注文主は現れやがりません。バックレるおつもりでいらっしゃいますか? 書店もなんとしてでもこの山を買わせるべく電話攻勢の始まりでございます。もう恫喝というレベルです(そんなこたあないが)。結局は書店が根負けし、哀れキャンセルの憂き目。がっ! この手の付録付き分冊百科は買い切り扱い。「オーマイガッ」とにわかアメリカ人を演じる私。そして哀れ「ショタレ」へと。

 その他「マイドールズハウス」が毎週毎週予約分すら足りない、いわゆる「定期割れ」状態に陥ったりだの、途中で版元様マーケティング放棄の買い切り扱いに変貌だのと、思い返すも苦しくせつないコトばかり。たとえ時が経とうとも淡く清く甘酸っぱい想い出になんぞなりそうもありません。

 もはや乗り物に、石に、箱モノアニメに、映画音楽温故知新と、分冊百科の対象となるジャンルはなんでもありの無法地帯。だんだんとネタが枯渇しつつあるのでは? などと感じずにもいられませんが、転んでも起きあがってまた立ち向かってくる某分冊百科専門版元の"デ○ゴス○ィー○"(って伏字したところでバレバレですが)。まさに新し物好き読者が飽きかけるのを見計らって繋ぎ止めんとばかりに新たな刺客、もとい新シリーズを創刊。頭ん中には「自転車操業」なんてコトバすら浮かんでまいります。つうか、世の中の皆様これほどまでに『ドラえもん』を欲していたという事実には驚き(「ぼく、ドラえもん」は小学館発行)。創刊号はDVDが付いたりなんだりの充実内容とはいえ瞬く間に完売。その後バックナンバー注文が殺到するも、何と付録の制作は大陸方面だとかで、重版に1ヶ月以上などという体たらくでございました。

 テレビなんぞでは新創刊分冊百科のCMが流れております。CMの最後には出版社名のサウンドロゴが軽快に流れるのでありますが、この軽快なサウンドロゴは書店員によってはギルの笛(著しく古いか?)。悪魔の叫びというか、「魔の火曜日」の恐ろしき光景がフラッシュバックしてくるのでございます。

 お願いだから○○さん、たまりにたまった「セーリングシップ」買いに来てください(ここで言ってどうするか)。

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