5時から作家塾

第5章  本屋の愛すべきお客様たち

7.かなり濃厚200% 出版社営業マン

◆番線印押してね

 書店員というのは、一般客と出版社営業マンというのを一目で瞬時に見分ける特殊能力を身につけている方が多うございます。これは動物的カンと言ってさしつかえないでしょう。
 私も出版社営業マンは瞬時に判別できます。まあ、服装がスーツなのはほぼ間違いないのですが、あとは大き目のカバンでしょうか。その中には大事な商売道具、注文書が入っております。
 しかし、決定的な違いは「目つき」に他なりません。
 ここは一般客とは明らかに違います。数々の書店を渡り歩き百戦錬磨。そんな修羅場をかいくぐったもの特有の鋭い眼差しです(本当か?)

 そんな出版社営業マンにもいろいろなタイプの方がいらっしゃいまして。
 中でも一番強烈だったのは某宗教系出版社の営業マンなのですが、商談中ずうっと、

『手が震えておりました……』

 私は何かヘンなクスリでもやっとるのか? などと訝りつつ注文書に押印したのでございました。
 結局、入ってきた本がどれもこれもあまりにも怪しげでございましたのでホンの短期間だけ棚に並べてすぐ返品してしまいましたが。

 これは特殊な例ですが、大きく二つに分けると、

@ただ注文書に番線印だけ押してもらえればOK。
A単なる注文とりだけでなく、色々と書店さんと情報交換がしたい。

 この二つに二極分化されます。我々にとって有益な営業さんとはどちらか?
 もちろん、後者の色々と情報を与えてくれる営業マンが歓迎される傾向にあります。
 しかし、しかし……、情報交換という名の、実は単なる「雑談」好きな出版社さんに閉口させられるケースもあるんでございます。


◆語りたがり屋

 年の暮れも押し迫ったある日、私の店に某一般文芸書系出版社の営業氏がまいりました。
 そのお方、「つのだ☆ひろ」に似たとてもガタイのよろしい方でありまして、そばに寄ってこられただけで何ともいいようのない威圧感を感じます。
 これが真夏なら「暑苦しさ」に変貌するのですが。

 そんな彼は開口一番、こうのたまわれました。

「どこか喫茶店にでも移動しませんか?」
 ……あの〜、今まさしくレジが忙しい時間であるんですけど。
 状況が状況なので、「ここ(カウンター)で話しましょうよ」と提案すると、彼はどことなく寂しい面持ちとなりつつもなんとか承諾されました。

 で、一連の商談(注文書をカウンターに何枚も何枚も取り出しては広げ、この本はこうこうこう言う人が書いていて広告展開は云々……etc.)が終わりまして、私が店名印を押し、事実上の商談が一段落しますと、彼は水を得た魚の如く「雑談モード」に突入しまして。
 私は別段なにも訊いていないと申しますのに、彼は延々と
「私は9・11NY同時多発テロの少し前、NYに居りましてね、で、なんか『危険だから外国人は母国に帰りなさい』って雰囲気になってきたんですね〜(中略)〜このようにNYは様々な人種のるつぼでありまして、何と言うかカオスというか混沌とした状態を形成しているんですね〜」
 と、彼流NY論が炸裂しておりました。

 このお方、どうにも世間が何か騒がしいときにいらっしゃることが多く、時はワールドカップ日韓同時開催。
 この時も、彼は手みじかに商談をすませ、私の出番だ、とばかりに「雑談モード・彼トークスタート」。
 今回はワールドカップがテーマでございまして、
「実はチケットが3万円で手に入るチャンスがありまして買うかどうか悩んでしまいました」
「小野の欠場は実はあれは敵を欺くカムフラージュだったのでは無いでしょうか?」
「日本は1億2千万という人口であるので、私が思うに、人口比率から考えて日本はブロック分けして複数チーム参加させた方が良かったのではないでしょうか??」
「イングランドのサポーターに『アイラヴ ベッカム』と云えば彼らは大喜びなのです」
 などなど、彼流サッカートークのオンパレード。

 まさしく「商談2割・世相を斬る8割」。書店側で話の腰を折る術を身に付けないととどまることを知らない雑談ワールド。
次はいつですか? イラク戦争? それともSARSについて語られますか?。


◆それでも営業マン??

 私が売場でせっせと本出しにいそしんでおりますと、遠くから「ああどうも」と表情にこやかにこちらに向かってくる一人の男性が。

「いやあ○○さん(←私の名前)ご無沙汰してます。調子はどうですか?? 」と。
 名乗らなくても私のことは判るよね? つうか判っていて当然だ。と言わんばかりの高所から・トップロープ最上段からのご挨拶。
 私は「はて?どちら様で??」と頭ン中の出版社営業マン人脈ストックを猛スピードで検索するのですが、一向にヒットしない……。困った。私が困惑しているとやっと「○○社です」と名乗られました。(会社名だけね。)
 ちなみに、コンピュータ書の主に中・上級者向けの解説書を出している出版社です。
(主にBIOSがどうとかハードディスクがどうとかを得意分野とするところ。)

 果たしていつ貴方と会ったのでしょうかという具合で全く記憶の片隅にも残っていないのではありますが、そこは社会人のマナー。
「ああ、いつもお世話になっております」
という紋切り型のあいさつをしてその場はしのいだのでした。

 しかし、どうにもこの方のアピアランスが気にかかり。
 鼻毛は出てるわ、スーツはヨレヨレ、おまけに上着の襟が反対方向に折れ曲がっているし。髪の毛は寝ぐせが……。全く以って営業という職種には到底ふさわしくないお粗末さ。
 いや、営業マンという以前にあまりにも社会人としてそれはどうよ、と思わずにはいられないほどの見苦しいたたずまいでありました。よくそれで営業活動が成立しているものでございます。
 私は商談中どうしてもその部分が気になって気になって気になって仕方が無く、商談の内容そのものは全く上の空、全然覚えちゃいないという有り様。そんな私に構う事無く自分ペースでどんどん商談を進めていく彼。何枚も何枚も注文書を引っ張り出しては機関銃のごとき新刊案内を……。

 まあ、色々な情報も教示いただいて、棚のアドヴァイスまでして頂いて大変勉強になりましたというのは事実なのですが、しかし彼は
「○△■※☆○×、ハハハハハハハハハ……」と、
 自分で自分の言っている事に対して笑いっぱなしなもので、これは一体どうしたらよいのかと。終始ハッハハハハ状態であるので、話を聞き取るのも一苦労という体たらく。「ハッハハハハ、ハッハ……」が会話に占めた割合は実に半数近くではないのかと。
 あまりにも笑いが止まらない彼なので、「ここ来る前に毒キノコでも食べましたか? それともクスリでも……」と訊きたくなりましたが。

 しかし一番の問題点はハッハハハハではなく、普通営業マンが自分の会社の事を指して言う場合は「小社・弊社・わたくし・手前ども・ウチとしましても……」がポピュラーであると思いますが、こともあろうにこのお方、自社のことを「俺んとこ」などと申されるのは果たしていかがなもんなのかと。

 会社だけでなく、自分を指す一人称もとにかくオレオレオレオレの連発で、
「おまえは『俺様』三代目魚武濱田成夫か!」
 とツッコミたくなったのでありました。

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