5時から作家塾

第5章  本屋の愛すべきお客様たち

5.書店の"風変わりな"お客様

◆レジ渋滞させるひと

 私の店の上得意さんでMさんというお方がいらっしゃいます。彼は交通関連の書籍、中でも鉄道・航空関係がお好きのようで、日本交通公社の「鉄道廃線跡を歩く〜」の類や、イカロス出版の本を毎回いつも大量に注文されます。
 一体なぜにこのような上得意さんをここでのネタにするのか? と申しますと、実はこのお方、たくさんお買い上げいただけるのはありがたいのですが……。毎回毎回やってくるタイミングが問題で。

 彼は大体毎回10冊ほど注文されます。で、注文品が全部揃ってから買いにこられるのですが、こられる曜日はほぼ100%間違いなく土・日のいずれかでございます。
 土日といえば、言わずもがな郊外型書店の書き入れ時。時間帯によっては殺人的にレジが混み合います。私の店のカウンターにはレジが全部で3台ありますが、ピーク時には全部フル稼働どころか、どのレジにも長蛇の列・列・列……。

 そんな時に狙いすましたかのごとく彼はやってまいります。どういうワケか、その日の一番殺人的に混み合っている時に。
 そして、彼は合計10冊あまりの注文品を全部買われるワケでございますが、レジを通すだけでも時間がかかると申しますのに、彼は決まって支払いはクレジットカード。
「別に支払いの手段をどうするかなんて客の勝手じゃんかよー」
 と、言われそうですが、しかし状況が状況です。もうすでに後ろにはお客様の長蛇の列が出来上がっております……。
 私の店では「G-CAT」なるものを使用し、オンラインにて売上承認を取っているのですがその承認待ちの時間というものが思いのほか長いのでございます。時間にしてホンの10数秒か20秒程度なのですが、この状況下においてはその10数秒がえらく長く感じられるのです。長蛇の列から滲み出る無言のプレッシャー。針のむしろ状態です。まるでゾウの時間のようにゆったりとした時間で売上承認がやっとのことで完了しまして、やっとこさサインをしていただくことに。

 で、会計が終わったと思ったら彼はおもむろに数枚の紙の束を取り出します。これは、「マイボール」ならぬ「マイ注文伝票」でございます。すべて一枚一枚に氏名・電話番号・書名・出版社名・著者名が明記されているという用意周到ぶりでございますが、いや、これをもし一からレジで書かれるなんてことになったら私は泣きます。

 しかしあらかじめ必要事項が記入してあっても一点一点確認はしなければなりません。何故ならば、微妙に書名を間違っているがために、出版社に注文する段階でえらく苦労、遠回りすることもあるからです。まさに「急がばまわれ」全部書名が一致しているかどうかその場で確認します。
 と、その間にも後ろのお客様の列はどんどんどんどん後ろに延びております。列からの「イライラ」が痛いほど私に突き刺さります。

 しかし、当の本人M氏は目もうつろ視線は完全に別世界へとトリップしております。全くわれ関せずといった面持ちで。彼がいる間はレジとしての機能がストップというかマヒ。交通マニアの彼が「レジ大渋滞」を引き起こすとはなんたる事か。
 彼が帰ったあと、私は後ろのお客様一人一人に「お待たせしてもうしわけございません」とただただ平身低頭するばかりでありました。

 これが毎回無限ループのごとく続くのでございます。私どもの間では、彼の応対をすることになった人を「当たり」と呼んでおります。

 そんな彼もたまには、すごーく暇なマッタリとした時に来店されたことがございます。しかし、彼は空いているレジには興味が無い模様。レジが混雑するまで「旅と鉄道」を立ち読みしながら根気良くお待ちになられました。そしていよいよレジも混みこみに、という時に「出番だ!」とばかりに彼はレジへ……。何でだ!!


◆週刊誌はどこだ!

 今から遡ること5年位前の話なのですが、私の勤めている書店が売場大変更の為全面改装となりました。ほぼ2週間、完全閉店という大掛かりな一大プロジェクトでありました。

 店内には足場が組まれ、床にはビニールやら紙くず・新聞紙やらの産業廃棄物が散乱し、雑誌棚にはホコリ防止のためにブルーシートが敷き詰められており、それはそれはものすごい「カオス」な状態を形成しておりました。雑誌・本が整然と陳列された日常的な書店風景とは完全に別世界です。
 内装のみの工事のため、店内こそ殺伐としているものの、駐車場を含む店外は特に通常とかわらぬ風景を保っておりました。
 その為か、営業中と勘違いして店の入り口までつかつかとやって来て、入り口の「改装のため休業云々〜」の案内告知を見て、「なんだ……」というバツの悪いカオで帰っていく人々が多数いらっしゃいました。
 まあ、駐車場には内装工事作業をされる出入り業者の方々の車がズラリと停まっておりますので、営業中と勘違いされても仕方ありますまい。
 しかし、停まっている車がほとんどすべて、屋根にハシゴ・脚立がのっかっている白いワゴン車ばかりときたら、少しは察して頂けるような気がしなくもありませんが。
 ……いや、あの、せっかく来て頂いたのに申し訳ない、と思っておりますよ。ホントに。

 もちろん入り口は工事業者がいろいろと出入りする関係上、常に開けっ放しのフリーとなっているのですが、改装作業も佳境に入りつつある昼下がりのこと。
 ふと入り口付近に目をやりますと、スウェットの上下に革靴履きという前後左右四方八方どこからみても明らかに出入り業者とは違うだろう一般人だろう。としかいいようのないリラックスムード満点の、普段モード全開の初老男性がつかつかと店内に入ってまいりました。

 我々に「あの……、ただいま休業中なんですけど……」と説明するスキマすら与えず、この初老男性はこう申されました。

「月刊誌はどこだ!」

 あの〜貴方にはこの殺伐とした状況が見えないのでしょうか?? 前後左右四方八方どこから見渡せどもハシゴ・足場・ブルーシート・特殊工具そして、けたたましい作業音……。一体全体どうしたらこの様な状況下において「月刊誌はどこだ?」などというお言葉が出てくるのでしょうか? と、問い詰めたい気持ちにかられたのでした。

 我々が「改装中のため休業しておりまして」と説明するも、初老男性はまったくそれを聞き入れることなく、ただただ『月刊誌はどこだ!』と……。
 どうやらこのお方、「月刊現代」が欲しかったご様子で。で、その場に居合わせた店長が、
「せっかくだから売って差し上げましょう」
 などとのたまってしまいまして、私は身を低くして足場の網をくぐりぬけ、敷き詰められたブルーシートをはぐって、雑誌売場の中から「月刊現代」を探し出したのでありました。
 そして、一体全体なぜだかわからないのですが、しっかりとレジ及びつり銭はキチンとスタンバイされており、工事関係者が見守るなか、この男性に「月刊現代」をごくごく普通にレジにて販売したのでありました。
 むろん初老男性も、ごくごく普通に日常的な様子買って帰られました。果たして本当に寸分もおかしいと感じなかったのか?
 しかし何と申しますか、工事中の店内で
「○○円になります」
「○○円のお返しです」
「ありがとうございました〜」 などと言う羽目になるとは予想だにしてませんでした。

 そして、それから2年後。今度は別の支店の改装作業を手伝うこととなりました。そこへまたしても別の初老男性がふらりと現れ、

「週刊誌はどこだ?」

 もしかすると、月刊誌・週刊誌には状況判断力を鈍らせる魔力でも宿っていろのでしょうか?

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