5時から作家塾

第5章  本屋の愛すべきお客様たち

4.書店の"可笑しい"ひとびと

◆若い衆はつらいよ

 書店にもその筋のお方、つまり「ヤクザ屋さん」というのは結構頻繁にやってまいります。まあそーっとしておけば別段何事もなくごくごく普通のお客様です。

 ある日、店のまん前に一台の国産高級車が「横付け」されまして。入り口横付けが彼らのアイデンティティでしょうか。その車から降りて来たのはまるで絵に書いたような「若い衆」ふたり。まさにキングオブキング若い衆。
 服装はふたりともジャージとそしてごりっぱなセカンドバッグ。まさに王道を行くコーディネート。いわゆる「ヤートラ」ってやつでございましょうか。そして肩で風切りガニマタ歩き。

 彼らは何やら切迫した面持ちでカウンターへ。身構える私に、若干兄貴格とおぼしき方のお方が
「着メロの本はどこだ?」とのたまわれました。

 その時着メロ本の類は店内タダ入力対策としてカウンターまん前に店員の監視のもと、陳列しておりました。
 で、その若い衆二人は先ほどの切迫した面持ちで一心不乱に着メロ本をめくっておられました。
 大体にしてそうなのですが、この手の若い衆が切迫した面持ちと声色で何かを探しているときは、かなりの高確率で「親分」に「○○買って来い!」と命じられているに違いありません。傍から見てもわかるくらいにこわばっております。
 この二人もその手の探しもの。とにかく必死で次から次へと着メロ本のページを捲っております。

兄貴「古畑任三郎のテーマだぞ! オマエもちゃんと探せ!」
弟分「ウッス!」

 ふっ古畑任三郎……。たしかにあのテーマは着メロとしても大ブレイクしました。しましたがっ。必死になって古畑着メロを探すいかついヤクザ殿……。
 彼らは古畑任三郎の着メロをゲットしない限りは組事務所へは帰れません。親分の命令は絶対。もしかすると小指の危険すらさらされるのかも知れません。
 結局、どの本にも古畑任三郎のテーマは載っておらず、彼らは背中に哀愁を漂わせつつ帰っていきました。もとい、次の書店へと向かったのでした。

 可哀相だとは思いつつもあまりにもコミカルな光景で私はずうっとレジで笑いをこらえておりました。
 果たして彼らは無事に古畑任三郎着メロをゲット出来たのか?
 着メロ本にもドラマがございます。


◆ガイジンさんもやってくる

 普段、書店に来るお客がどこの国籍かなんて全く意識しないものでございます。どこを見ても日本人である事が当たり前の日常的光景でありますから。
 であるから、外人さんがレジに来るなどと言う事は非日常・マニュアル外な大事件なのです。(あくまでも私の中では)

 ある日、アメリカ人と思しき青年(以下スティーブとする、特にイミはない)が指輪物語を持ってレジへとやってまいりました。こういった場合レジにいるスタッフがみな一様に目を合わさないようにうつむき腰が引けているように思えますが。
 私はうかつにもスティーブと目が合い見つめあってしまいました。すかさずスティーブは私をロックオン、
「ヘロウ♪」
 という何とも流暢なネイティブなイングリッシュを私に投げかけてきまして。私は思わず というか反射的に
「ヘロウ??」
 と返してしまったのでありました。
 実は私、英語はからっきしダメでして。一応英検3級は持っているものの、単なる履歴書の資格欄の飾りでしかありません。
 数年前、アメリカに研修旅行で行った際も、私が発した英語なんてものはマック店頭での「ハウマッチ??」程度でございまして。
 挨拶を英語で返してしまった私。さあどうする。
 すかさず私は
「I can't speak english!」と逃げを打ちました。

 スティーブは私が英語がダメと知ると今度は流暢な日本語で、
「元気ですか?」(←猪木?)と問い掛けました。
日本語です。それも外人なまりではなくごくごく普通のイントネーション。
 であるのだから私は極普通に、「はい元気です」と答えれば良いのに……。しかし、……私は、
「ハァイ♪ ゲンキデスゥ〜」
 と何とも言いようの無い「英語訛りのジャパニーズ」なってしまいました。
 なぜそうなるものか。きっと今まさに外人と接している、というプレッシャーがそうさせたのかも知れませぬ。
 ナサケナイ事に以後終始この調子でございました。
 いや、ここは律儀に「ファインセンキュウハウア〜ユゥ〜? 」と返すべきだったんでしょうか??

 そしてトドメは、
「アァリガトゥゴザイマシタァ〜♪」
 スティーブがごくごく普通に日本語を喋っているのに!! でございます。

 とっ、とりあえず「駅前留学」でもしとこかと思います。


◆寡作な作家に魅せられたひと

 人は皆誰でも自身がひいきにしている作家の新刊を首長族のごとく楽しみにしているもの。
 新刊案内にてお目当ての作家の新刊を発見した日には、もう何と言いますかワールドカップ開催前のごとく
「発売まであと○○日」と、自分の中でカウントダウンが開始されるのでございます。
 しかしながら赤川次郎のようにネズミ算的に毎月毎月新刊発行している作家ならいちいちカウントダウンしているのもまどろっこしいですが、反面寡作な作家だとこれがちと問題で。

 今回は不幸にも寡作な作家に魅せられたとある婦人の物語。
 彼女は私の店の上得意さまで、苗字を「星○」さんとおっしゃいます。
 星○さんは誰に魅せられているのか?? と申しますと、
「貴志祐介」氏。
 この方が実に本当に寡作な方で、今現在で未だ5作しかお書きになられておりません。
 先般映画化と相成りました「青の炎」をはじめとして、「天使の囀り」「十三番目の人格(ペルソナ)isora」「クリムゾンの迷宮」そして「黒い家」。
 99年以降は一点も出ておりません。一体何で稼いでいるのか謎。たぶん現在、水面下にて執筆中だと思われますがどうでしょうか。貴志様。

 やはり星○さんも貴志様の新刊がとてもとてもとてもとても待ち遠しく、待てど暮らせど一向に新刊が発行されないことのやるせなさは筆舌に尽くしがたいものがあるようですが。
 で、この星○さん。毎回毎回来店するたんびに

「貴志サマの新刊まだ出ないんですかぁ〜〜〜〜〜」

 と私に尋ねてまいります。その時の星○さんの目を見ていると、
何と言いますか、「名は体を表す」とはよく言ったもので、まるで恋する乙女のごとく或いは「百億の昼・千億の夜」のようにキラリキラリと輝いております……。まさしく恋は盲目。
 ヅカファンと相通じるものがございます。

 しかし……、出ないのですぞ新刊が、一向に。
 そんな訴えかける目で懇願されても私にゃどうにも出来ませんが。
 いや、とりあえず宇宙の塵のように微力ながら私の出来ること。
 えー拝啓貴志祐介様
『お願いですから新刊出してください』
切にお願い申し上げます。(きっと読んでないでしょうが。)


◆フライングするひと

「フライング」と言っても、「ハリーポッターと魔法のゴブレット」を発売日前日に「早売り」し、それがバレテもうて静山社&取次に謝罪文を持惨して訪問――ではなく、前のお客のレジが終わるか終わらないかの内に「あの〜すいません」とか申される人およびその行為を指します。

 これはよくおじさんとかおばさんとかが今まさに会計している真っ最中に横から割り込んで「週刊誌どこ?」とか訊いて来る、いわゆる「ショートカット」とは似て異なるもの。年齢層としては「ショートカットの人」とカブっているのは確実ですが、幼年・少年層にも多く見られます。そして不思議な事に、20代30代では影を潜めます。で、40代になってまた姿を見せるという非常に潜伏期間の長い習性。

「フライング」をする方というのはむりやり横から割り込む、すなわちショートカットをする方程の厚かましさは無く、むしろきちんと順番は守ろう、という社会性は持ち合わせてはいらっしゃいます。だがこういうお方往々にして、列の中で待っている内から、先走り気味の「訊くぞ訊くぞ」オーラが全身より満ち溢れており、(きっとサーモグラフで計ったらまっ赤っか間違いなし)レジをしている私には、何かを訊かんとしているのが痛い程伝わってまいるのです。
 一応、前のお客の会計が終わるまで待とうとしているのは解るのですが、最後の一踏ん張りが足りないようで、接客進捗度95%時点で「あの〜」と。どうやら金銭のやりとりが終わった時点でフィニッシュという間違った判断をされている模様。

 レジというのはキチンと会計が済んで、お客様に商品をお渡しし、最後に「ありがとうございました」の「た」を言い終えた時点で初めて次のお客様へと移行出来るわけでございます。それをば「フライングな人」ときたら「ありがとうございました」を今まさに言わんとしているその時に「あの〜ちょっとお聞きしますが〜」などと私の視界の左斜め前方より横槍を入れてくるのです。 我々としては最後の「ありがとうございました」を言い終えないと、接客していたお客様に失礼に当たるのは勿論、私らも「残尿感」のようなスッキリしないモヤモヤが残ってしまうのであります。そんなこんなで私はフライングな人に掻き乱され、モヤモヤを引き摺りながら仕事に励んだのでございました。

 あと1秒待って下さいまし。切にお願い申し上げます。

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