5時から作家塾

第5章  本屋の愛すべきお客様たち

2.書店の"困った"お客様

◆メモるひと

 夏といえば観光シーズンでございます。この時期の書店店頭では大々的に「ドライブ・宿泊ガイドコーナー」と題して、「るるぶ」やら「マップルマガジン」などのムック類、それと道路地図、ホテルガイドの類が山積みとなります。特に私の住んでいる北海道は観光スポットの宝庫でありますので、商品点数も相当のモノです。

 また、7月末〜8月の夏休み時期となりますと、本州など道外からの観光客が大挙してやってまいりますので、これら地図・旅行外ガイドの需要は大変多いのでございます。この時期だけでも数十冊単位で右から左へと売れて行きます。
 主だったものとしては「るるぶ北海道」「マップルマガジン北海道」「ビッグラン北海道」が御三家でしょうか。そしてそれに続いて各地区ごとのガイドに細分化されてまいります。
 宿泊ガイドの類では、ナンバーワンは「宿泊北海道」クルーズ刊。これがイチオシです。
 道路地図は開いたら閉じにくいリングタイプが最近のトレンド。
 この手の商品の特徴として、雑誌風に仕立てられたもの。直截にいうと「ムック」なのですが、これが人気で文庫サイズのコンパクトなものは思いのほか不人気なのが特徴です。

 と、前置きが長くなってしまいましたが、一体何が言いたいのかと申しますと、この時期増えるのです。困ったひとたちが……。
 どんなひとたちかと申しますと、書店を無料の観光案内所としか思っていないというお方。

 ある日、一心不乱にホテルガイドを立ち読みしながらあーでもないこーでもないと侃々諤々しているカップルがおりました。私は内心「はよ買っとくれ」と内心思いつつも生ぬるくその光景を見守っておりました。しばし経ったのち、どうやら目的の宿が決まったようでして。
 私は「ああやっと買ってくれるのかしらん?」と、カウンターにて待ちうけておりましたが、一向に来る気配がありません。
 そこのカップルの女の方がおもむろに携帯電話を取り出し、こともあろうに!

 「すいませ〜ん。ダブル一室予約お願いしたいんですけど♪」
などと、"その場で"図々しくもホテルに電話予約いれてやがりました。本来ならば、代金という対価をキチンと払った上ではじめて得られるべきホテルの電話番号。それをばこのカップルは…。だからウチは無料の観光案内所じゃないっつーに。まず100%間違いなく彼らは自分自身が"情報ドロボウ"をはたらいているなどとは自覚しておりますまい。大体こんなことを許してはキチンとお金を払って買っていただいている他のお客様に申し訳がたちません。

 困ったのは若者だけではございません。酸いも甘いもかみ分けた? 熟年世代にも「情報ドロボウ」される方は多いんでございます。まず、時刻表メモっている出張族おじさんは日常茶飯事。これらの方々は下手に注意しようものなら、自分のしていることを棚に上げて「俺は客だぞ云々〜」と逆切れされるので始末が悪い。そんなおじさんたちもさることながら、おばさんも負けておりません。

 ある日のこと。ドライブガイドが山積みとなっている平台に、ひとりの見た目とても品の良い初老女性がいらっしゃいました。彼女は最初パラパラとガイドブックをめくっておりましたが、次の瞬間「宿の電話番号」らしきものを傍らのメモ帳にメモしはじめました!。
 当然のように私は「このような行為はご遠慮下さい」と注意しましたが、何とこのご婦人、驚いたことにこうのたまわれました。
 婦人「あの〜この本"買うほどのもんじゃないから"メモだけさせてもらえませんかね?」と……。
 私「できません!」一刀両断に斬り捨てました。礼儀正しく言えばよいっつうもんではございません。しかし、この厚かましさたるや後ほど出てまいります「求人誌〜」の女性といい勝負です。だからウチは無料の観光案内所じゃないんだってば!

 今日も全国の書店員は「メモるひと」たちと闘っているのです。


◆すわり込むひと

 どういう訳か私の店には「座り読み用の椅子」なんてものがありまして。
 ジュンク堂書店が日本では元祖のようですが、それだってきっとアメリカの「バーンズ&ノーブル」とか「ボーダーズ」といったナショナルチェーン書店の模倣かも知れません。
 しっかし、座り読み書店の本場アメリカの椅子ときたら、ふっかふかのソファーまであるんですこれが。
 そこに座って読もうなら、数時間は立ち上がれないこと請け合いです。(英語が読めるのか? という根本的問題はこのさい置いとく。)

 日本へと戻ってジュンク堂書店のそれはソファーとまではいきませんが、各フロアに数個設置され(エスカレーター付近)それはそれで大変便利なものでございます。そしてそれが全国の書店に話題となり、書店のおえらいさん方がこぞって座り読み発祥地アメリカへと視察出張(旅行?)に旅立ち、
「これからは立ち読みでは無く、座り読みの時代だ!」
などとインスパイアされてしまいまして、結果まるで「百匹の猿」のごとく、「座り読み書店」は全国へと広がっていったのでした。
 別名、「本を買うこと"も"できる図書館」という感じですか。

 さて、座り読み導入の結果はどうなっているかと申しますと……。
 まあ、都心部の書店や専門書の多い書店だったら、当初の目論見どおりの使われ方となっているようですが、いや、大阪のジュンク堂書店のコミック売場にいたってはそもそも椅子なぞなくても皆「床」にすわりこんでコミックを読み漁っておられます。「立って」読んでいる人はほとんどおりません。コワイ光景です……。

 私の書店もこのブームに便乗してすわり読みコーナーを導入しました。
 って導入なんてオオゲサなものでは無く、単に椅子を数個置いただけですが。
 ここで私の店のロケーションをば。私の書店は地方の郊外店。ロードサイド店というやつで、つまり来店客のほとんどは車で来られます。
 と、なると以下のような図式が成り立ちます。

「田舎で、車来店客が多い」
     ↓
「車好きな若者が多い」
     ↓
「それって単刀直入に言うと"ヤンキー兄ちゃん"が多い。ということでもある」
     ↓
「ヤンキー兄ちゃん=ウンコすわり・しゃがみこみ」
     ↓
「そんなとこに椅子がある」
     ↓
「ちょうどいいや、これにすわって"中古車情報誌"でも読も」

 つうワケで、気が付いたら椅子にすわっているのはヤンキー兄ちゃんばかりなり。
 その光景はまるで「集会ですか?」とでも言いたくなるくらいに威圧感タップリで、他の善良なお客様が近寄ることすらできないハーレム状態。
 椅子は「中古車情報検索用のお供に」というトホホな展開となるのでございます。ひどい場合は中にはジックリと腰を落ち着けてコミック全巻読破しようなどというツワモノもおります。(漫画喫茶じゃないっつーに。)
 これは場合によっては立派な営業妨害でございます。

 しかし、そもそも椅子っていうのは立ち読みでは辛い、重く大きな専門書を
ゆったりと選書する為のものではなかったのか??
 ジュンク堂が各フロアに椅子を置いているのもそのような考えがあっての事だと思うのであって、100円や200円そこらの情報誌から情報ドロボーをさせる為でもなく、また『こち亀』全巻読破のお手伝いをするためのものでも無いのだぞ!! と声を大にして言いたいのであります。

 そういうワケで、「すわり読み=ヤンキーの兄ちゃんばかりなり」という図式が成り立ってしまった私の書店ですが、ある日売場を見回っておりますと、やはり今日もか、という感じでヤンキー兄ちゃんが2人ほど、椅子に腰掛け「すわり読み」をしておりました。
 しかし、今回は場所が場所。金髪を逆立て腕にはタトゥー。そしてパンツが見えるくらいにズリ下げたダボダボズボン。という見るからに凶悪そうないでたちの、チーマー風情の兄ちゃん2人が居た場所は「児童書コーナー」でありまして。
 しかも、すわっているその椅子は普通の椅子ではなく、子供用の小さな椅子。
 そう、あの座ると「ピュ〜ウ」とか音が出るような、座面にゾウさんが描いてある椅子なのです。
 「あ〜あ〜椅子がこわれてしまうぞ」と思った私は、「これは注意せねば」と思い、いつものように「うっせーな」と逆切れされるかも知れない。いや、閉店後待ち伏せされて鉄パイプで闇討ちにあうかも知れん。という悲痛な覚悟の上意を決して注意しに行きました。
 どうせ読んでいるのはまた「中古車情報誌」でしょ、と思いながらのぞきこんで見ますと、何と凶悪な兄ちゃんたちが一心不乱に読んでいたその本は……。

 何ともファンシーなかわいらしい絵本でございました。書名まではわかりませんでしたが、「ぐりとぐら」辺りのセンではないかと。
 あまりの外観と読んでいる本のギャップの違いにほほえましく思った私は、注意するのは今回は止めたのでございました。

 君たち人にも万物にもに優しい人間になるのだぞ、と願いながら。

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