5時から作家塾

第2章  本屋のデキゴトいろいろ

3.摩訶不思議「フェア」色々

◆T出版の世界へようこそ

 「T出版」という出版社がございます。主に占い系の本を発行しております(○○運というタイトルが多い)。出版社名ではイマイチピンとこないと思われますが、(つうか、伏字じゃよく判りませんね)出している本はわからずとも、

 元祖「うどんフェア」を始め、
「リストラ粉砕! キャンペーン」(リスと虎)
 今、本を買うと"傘"がもらえる! 「おろ傘キャンペーン」
 職場ホーキせず、いやな過去は掃き捨てよう「ホー樹キャンペーン」
 イケスも殺すも読者次第! 晩ご飯のおかずは書店で! 「釣り堀キャンペーン」

 などといった奇々怪々摩訶不思議ダジャレ企画を書店々頭にて目の当たりにされた方も多いのではないでしょうか。
 この出版社、たしか最初はごくごく普通に、出版社の営業らしく本の内容云々について語る、という営業スタイルだったと記憶しておりますが、いつの間にやら気が付いてみれば奇怪な企画イノチのイベント会社のようになっておりまして、もう一時期は、
「書店々頭で奇怪なイベントをする手段として本を売っている」
 のではないか? などと思ってしまいましたが、これはあながち間違いではありますまい。実際、営業担当者が来るたびに、
「あぁ、今度は一体全体どんな奇怪なフェアを提案してくるのやら……。」
 と、私どもは子羊のごとくに戦々恐々としておりました……。

 ある日、T出版の営業氏が、「ハロウィンキャンペーン」なる企画を持ち込んでまいりました。
 一体全体どんな企画なのやら、と訝る私。彼が言うには、10月のハロウィンの時期、お世話になっている書店様に営業担当者がピエロに扮して出向き、パフォーマンスをする、という企画らしい。
 どういうワケか、その企画は我が店で行われると決まるや、トントン拍子に準備は進み(私も何故か、地元ラジオ局に宣伝してもらう、という用意周到ぶり)、いつの間にやら当日を迎えたのでございます。

 当日。彼、つまり営業氏はなんとピエロの姿のまま、自分で車を運転してまいりました。そして、イベントの打ち合わせを始めたのはよろしいのですが、ピエロのメイクのまんまって……。私はピエロのメイクでクソ真面目に段取りを語る営業氏様相手に一体どういうリアクションを取れば良いものかと悶々と悩みました――って私が悩むことか。

 そして、その奇怪なイベントはスタート。ラジオ宣伝の甲斐もあってか、フェア目当てのお客様も「何人か」はいらっしゃったご様子で。
 しかし、その内容がピエロ相手に
「T出版、バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!」
 などと言わねばならないというまさに踏絵的恥ずかしさ。
 その見返りがお菓子(予算の都合かチロルチョコ)というのは果たして如何に?

 そのピエロ氏は店内をグルグルと徘徊しては、そちこちで「バンザーイ、バンザーイ」などとやっておられました。
 事情を知らないお客様は一体何事か? と、只々訝しがるばかりでございました……。

 そして、フェア終了時間。彼は、
「では、私は次の店に行かねばならないので」
 と。そうか、このフェア中々好評なのか、などと変に感心しておりますと、彼はまたしてもピエロのお姿のまま、颯爽と車で次の店へと向かわれました。
 一体全体果たしてこのフェアの経済効果は如何なモノであったのでしょうか? ハッキリ申し上げまして測定不能でございます。以後、この手のフェアは私の店では一切止めてしまいました。

 それから2ヵ月後、私は別の書店で、「サンタクロース」に扮した彼を目撃したのでありました。お元気そうで?なによりでございます。

◆命がけの金魚すくい

 内容は、T出版の本を1000円分買えば金魚すくいが1回出来るというものでございまして。夏ですなあ。
 いや、実際はそんな風流なものではございませんでした。
 とりあえずセッティングを、とT出版の営業担当氏を始めとするスタッフ数名で作業にとりかかりまして。書店の駐車場の一角で彼らはプールをふくらまし、そこに商売道具の金魚を放流いたしました。
 売場のメイン平台に、T出版の『ナントカ運』方面の本を数点陳列し、いたたまれなくなる位、こっぱずかしくも浮きまくりのPOPとノボリもつけまして、これで準備OK! さあいつでもウェルカム!

 あまりのモノ珍しさに早速、という感じでお客様が見えまして、お買い上げありがとうございます。さあ、屋外の金魚すくいコーナーへ! とご案内。
 で、金魚すくいをやってもらったのは良かった。良かったのですが……。

 せまい我が店の駐車場。金魚すくいをしているお客様の「すぐ後ろ」を車が走り抜けております。これは危険、金魚すくいごときに命はかけられない、というワケで、急遽開催場所を店内へと移したのでした。
 こんどは店内カウンター横で開催。しかし、どう考えても書店のなかに金魚すくいの出店はミスマッチ。お客様たちの失笑を買っておりました。
 そして、私もレジを打ったり注文書書いたり、といった日常的業務をこなしながら、店内での金魚すくいを生ぬるく見守っておりました。

 さて、ここからが問題のはじまり。このフェアはのべ2日間に渡って開催ということで、1日目の閉店後、金魚はそのままの状態で、我々は帰宅したのでした。

 そして次の日をむかえた訳ですが、だんだん店内に生臭いニオイが立ち込めてまいりまして。同時に金魚数匹が腹を見せて浮かんできております。店内に入ってくるお客様も皆一様に「なんなんだこの臭いは!?」という訝しさを含んだ表情をなされます。

 水が腐ってまいりました……。紙とインクのみならず、水と金魚の腐臭ただよう我が書店。企画玉砕。死んだ金魚の処理に頭を悩ます私なのでした。

 次回の教訓。水のメンテを怠るな(って、もう次回は永遠にないと思われますが)。

◆摩訶不思議ヅカイベント

 何年か前の話ですが、一体どういう経緯でそうなったのかは覚えておりませんが、ウチの店に宝○歌劇団のスターが2名程やってくる、という一大事がありまして。
 しかし、ただやって来るというだけで、別段何をやるというのは全く決まっていないという有様。
 困った私達――と言うのも書店と宝○との繋がりと言えば「宝○グラフ」あたりを細々と、一部のヅカファンである定期購読者相手に販売している程度のもので、果たしてどうすればこれが一般受けするイベントに成り得るのかと大いなる疑問を残したまま当日を迎えまして。
 流石に宝○スター。超が何個付くかわかりやしない位の美形でございます。しかし、スターと申しても主役クラスのビッグなお方ではなく、中堅どころといったようで、名前を聞いても「はて?」という方なのでした。

 で、我々はスターをコミックの補充の箱や、返本が溢れかえったバックヤードと化している休憩室へご案内。宝○のスターとダンボール箱の山。あまりのミスマッチに泣けました。
 そして、この場に及んでも何をやるのかいまいち判らない雲をもつかむような奇特なイベントはスタート。
 たまたまその場に居合わせた一般のお客様と、一部の熱狂的ファン(兼ヅカ雑誌定期購読者)、そして、苦し紛れに集めたと思しきサクラに囲まれてイベントらしきものは始まったのですが、そのイベントというのが、そのスターのマネージャーらしきお方のスピーチと、スターの少々の挨拶。でっ、気が付きゃものの数分で終了。

 実際の時間こそものの数分ではありましたが、当の私達にしてみりゃあ、何時間にも感じるような針の筵のような重苦しさで居たたまれないといいますか、あの時の場の凍りついた雰囲気はもう何とも表現出来ませぬ。
 サイン会も無しという体たらくで、果たしてあれがイベントと呼べる代物なのか?? と今以って甚だ疑問なことこの上ないのですが。

 しかし、この激しく盛り下がったイベントもどきにも関わらず、ヅカファンの皆様はいちように目が☆☆☆になっていたのでございます。
 恋は盲目と申します。(←激しく違いますね。)

◆弱肉強食の取次フェア

 最近は色々と事情があってか、私の地区では開催されてないのですが、取次が主催する書店向けのイベントで、通称「フェア」というものがございます。一体全体なんのフェアなのか、どういういきさつでそういった呼ばれ方をするようになったのかは知る由もありませんが、とにかく「フェア」。書店業界のスラングでございます。

 内容はと申しますと、年に数回コミックを主とした売上良好書を取次店売に集め、そして全道の書店を召集して、それの奪い合いをさせると言う「デパートのバーゲンセール」さながらの行事なのでございます。または「書店バトルロワイヤル(R15)」とも言えましょうか。

 入場は先着順ですので、とにかく朝イチで現地取次店売に行って並ぶのでございます。各地各方面あちこちから集結した海千山千の書店員たち。
 並んでいるその様はまるで新装開店のパチンコ屋状態、あるいは元旦のタカシマヤ開店前状態。どの書店員からも「絶対持ってくぞ〜」という殺気が満ち満ちております。まさしく一触即発。
 私は並んでいる間、そこを通りかかった取次のコミック担当の金ちゃん(仮名)に、出物はどこにあるの? という質問を振ってみました。

 すると、金ちゃんは、
「入ってすぐに右に行って下さい」
 と小声にて私に耳打ちなされました。

 いよいよ時間となり開場。ハイエナのように獲物に群がる書店員たちを尻目に私は金ちゃんの耳打ちを守り、すぐ右へ。
 あったあった上物が(書名失念)。これだけでここに来た価値があったというモノでありました。
 さて、と周りを見渡すと、一心不乱に書店員達はコミックを強奪しあっておられます。正に喰うか喰われるか、弱肉強食の世界。
 ちょっとでも躊躇しておりますと、もう売れ筋コミックはよそ様に持っていかれてしまいます。遠慮は禁物! ひったくられたら奪い返せ! ころんでも手にした本は手放すな! いや、ここはバーゲンという戦場を幾度となくかいくぐってきたオバちゃんをバイトに雇ったほうが効率が良いのでは? などと考えてみたり。

 本は崩れ落ち、そして床に落ちた本は無残に踏んづけられているその様は「貴方たち本当に書店員なのですか?!」
 と突っ込みたくなる位、同業者として情けなく思う光景なのでございます。って私もその渦中におりますが。一心不乱に箱を組み立て、その中にゲットした本を放り込んでいく阿鼻叫喚の光景は30分ほどで終息いたします。

 「フェア」という表現をしますと、何といいますか子供さんにはもれなく風船差し上げますよ、という趣の、来場者全員がほほえんでいる和やかな光景を思い浮かべそうですが、現実にはここで書いたとおりの殺伐とした光景に他ならないのでございます。
 また、業界紙やら取次発行の広報誌・週報などにもこの「フェア」の模様を報告するレポートが載ってたりしますが、どれもこれも写真が
「積み上げられたベストセラーの平積みを前に、にこやかに微笑む和やかかつ平和な小春日和な風景」
 となっているのは如何なものでしょうか。決して上記のような修羅場の写真は載りません。これを見て
「ウソだー!」
 と叫んでいる書店員は多い(はず)。

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